Vision

野生としての
自己変容

「生きる」そのものがアート
主体性は野生から生まれる

 

人は共同することで村を作り、都市を作り、国を作りました。
国は通貨を発行し、自由競争が生まれ、個人が台頭しました。
個人は合理主義、科学主義そして人間至上主義によって自由という名の下、人間としての目的を失ってしまいました。
今、ソーシャルメディアや、シェアリングが台頭してきたのは、個人が自由と引換えに繋がりを失ってしまったためです。
シュリンクしていく日本経済とテクノロジー合理主義が後押しをし、個人が失った繋がりを再び取り戻すための反動がおこっています

ヒッピーの世界では60年代に既に何百万人という旅人のネットワークが世界で共有されていました。今でいうソーシャルメディアです。
彼らは繋がりを持つことで、知らない個人とも助け合う強力なネットワークを作ることで生活を担保しました。
そして野生に帰り、自己変容の旅に出たのです。
世界中の先住民から学んだ自己変容の技術は、ヒッピー達に編集・翻訳・体系化され、やがて、リトリートセンターができました。
そこで学んだ自己変容の技術が今、テクノロジーの下、現代社会で繋がりを失った個人が再び繋がろうとしています。

しかし、繋がりを取り戻すには現代社会はあまりにも賢くなりすぎたように思います。
家族としてではなく、他人として個人として自己変容するだけでは解決できないのが、全体性としての繋がりです。
自然から生まれ、その中で循環する生活体系を作ること、ホリスティックな野生としての自己変容が必要なのです。